「セラピストの言葉が呪いをかける」と戒められていること

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数年前に、セラピストが人に「あなた愛着障害ですよ」と言ってクライアントを獲得するのが流行りましたね。トラウマやACの分野では、もっと前から気を使われていたことかな。

それは「セラピストの言葉が呪いをかける」と戒められてい

相談されれば、恐怖症なのか、ビリーフ刷り込みなのか、PTSDなのか、愛着不安定なのか、私たちは見立てる(診断みたいなことをする)。それは、それぞれ悩みの解決方法が違うからです。解決方法を選ぶために、やむなく見立てて、解決に必要な説明をする。見立ては必要悪。

それはクライアントが「私はACなんだ」とか自分に言い聞かせる生き方を始めるためではない。これをやると、そのらしさ(ACらしさ)が手放せなくなる。(原因論の罠)

それが「セラピストの言葉が呪いをかける」と戒められていること。

だから、私は「解決のための作業仮説ですよ。自分イメージをつくるために使わないでください」と言う。

解決したのなら正解だったと思ってよいけど、未解決なら作業仮説。愛着障害の解決をしたのなら、「愛着障害だった」と言ってもいいでしょう。まだ悩みが解決していないのであれば、「私は愛着障害だ」と言うのは控えた方がいい(「思い当たる」くらいでいかが?)。

こういう話は同業者批判みたいで感じわるいかもと思ってたけど、むしろ、そんなこんなを大事にしている同業仲間は案外多いのかなとも思うこの頃。その「呪い」が世に漏れ出すときの心の痛みは同業仲間と共に、そっと感じておくことに。だから、セラピストは孤独に耐える力も、繋がりも必要。

私なんか愛着不安定のいろいろ当てはまることはあり、ぶっちゃけどのタイプかまでわかっちゃう。私の知人の専門家たちなら、とっくに気づいているはずだけど、「愛着障害だよね(だったよね)」なんて言う人はいない。

かつてお世話になった産業カウンセラーは私に「どうもストレス鬱とは違うような印象です」とだけ言った。それはACの特徴を指していたのだけど、決してラベルになるような言葉は使わなかった。なるほど、当時の私はラベルに勝てなかったかもしれない。私がAC向けワークショップのチラシをみせたときも、「それもよいと思いますよ」くらいにとぼけて、的確な参加しかたのアドバイスをくれた。その後、私は、ラベルに支配されるのではなく、望む変化のためにラベルを必要に応じて付けたり外したりできるようになっていった。

心理療法の師匠も、言わなかった。私のためのセッションデモや解説はしてくれたけど、既存の用語(ラベル)をあてはめず、私に本当に必要な言葉を紡いでくれた。「これは愛着障害です」ではなく、「○○○と決意できることが必要」といった具合に。そう、「愛着障害」なんて概念に過ぎず、私という一人の存在こそ現実。

呪いがかかると、どんどんそれらしくなってゆきます。師匠は、私に、言葉に呪われるか、責任を引き受けて言葉を征服するか、選ばせた。言葉に魂を売るなと。

私は悩み解決のために「愛着障害」などの言葉を使って情報収集はしましたが、「私は愛着障害だから、○○なんです」という台詞を吐いたことはありません。

私はクライアントにラベルを征服してもらいたい。ラベルの恐ろしさを知り、使いこなしてもらう。人生の呪いをかわすレッスンとしても絶好。

 
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